ADHDの子供を育てるということ

将棋道場で垣間見たそれぞれの個性、個性を潰さない育て方を今一度考える

ご訪問ありがとうございます。みゅうです。

先日、2度目の将棋道場へ行ってきました。

格上の相手に4連勝したら、昇級するというルールを理解したのん太郎。勝ち負けにこだわらず、楽しく遊び半分で通ってもらえたらと思って行かせた将棋道場。

が、しかし・・・彼の中の2度目の将棋道場への訪問目的は昇級でした。目的が明確すぎて、母もビビる。朝起きて開口一番『きょうはボク、12きゅうになる!』と、そんなことを言って目覚めてきた。

将棋に魅了され、対局を重ねるごとに負けた時に悔しさが増す。保育園にてもう誰にも負けなくなってから、自分は強いんだと思うようになったのん太郎。(そもそも皆が皆、将棋に興味があるわけではない・・・)

そんな自分が、たとえパパ相手でも負けると悔しいのでしょう。だからパパに負けると、ものすごく機嫌が悪くなります。とても悔しがります。パパは相当強いので、『飛車』や『角』を落としたところでのん太郎敵う相手ではないのですが、のん太郎としては勝負をするからにはどうやったって勝ちたい。それがたとえどんな相手であろうとも!(ザ・男子)

しかし、将棋の世界はそんなあまいもんじゃない。ここ最近、ようやく詰め方がわかってきた人間が、そうすぐさま勝利できるはずもない。

パパに負けた時、のん太郎の心がその”負け”を受け入れられる時は、なぜ負けたのか・どの一手がいけなかったのかを考える反省会ができるのだが、のん太郎の心が負けた悔しさでキャパを超えてしまうと、非常にめんどくさい事態に発展する。

『パパ、キライ』からはじまり、泣いたり喚いたりした挙句、将棋の駒をぐちゃぐちゃにしたり、部屋に閉じこもったり・・・

そんな態度に、パパも

『それは将棋に対する態度じゃない。将棋というのは・・・・(ウンチャラカンチャラ)だから、もうそんな人間とは将棋は絶対にやらない』

と、いま言わんでもよくない?っていう将棋の極意を述べてくる。

火に油を注ぐとはまさにそのことで、最終的にはパパにものん太郎にも叱り飛ばす私がいる。だったら、将棋なんてやめちまえ~!!

そうならば手を抜いてあげてのん太郎に勝たせてあげればと思うところだが、手を抜いたら抜いたでそれをすぐに察知するのん太郎。はい、手を抜いたことに怒る。まぁ・・・なんとも面倒である。

のん太郎の負けた悔しさに私がもっと寄り添えればいいものの(パパが寄り添えや!)負けた悔しさを前面に出されその怒りを言葉でぶつけてくる時には、なかなかその気持ちに寄り添うことが難しい。(だから、パパが寄り添えや!)

もともと気持ちの切り替え、場面の切り替えが苦手なのん太郎です。負けた時の荒れっぷりはひどいもので、シクシク泣いてでもくれれば私も寄り添えるが、そんな玉じゃない。その負けた悔しさを落ち着かせることができるのは自分自身でしかなく、もはや彼の心の成長を待つしかないなと思う。

しかし将棋道場では、負けても取り乱すこともなく、勝っても喜びを表現するわけでもない。そうだ。それが将棋というものだ。

だったら家でもそうしてくれ!と思うのだが、なかなかそうもいかないのがのん太郎である。

将棋道場では『参りました』と頭を下げた時点で勝敗が決まる。自分の王様を取られた上に参りましたと言わないといけないのは、のん太郎としてはだいぶハードルが高いが、母として将棋を通して心の成長を願うばかりだ。

ちゃんと参りましたって言うように何度も家で言い聞かせたが、2度目の将棋道場では1度も負けることなく4連勝・・・・。本人の希望通り、昇級することができたようだった。

昇級も大事だが、負けを認めることも同じように大切だ。礼儀作法も含め、たくさんのことをこの道場で吸収してきてほしいと思う。

ピアノと違い、あまり『落ち着くこと』求められない将棋。(プロは違うだろうけど)

ピアノは頭のてっぺんから足先まで集中をしなければならないし、姿勢や指使いの美しさ、表現力、足の位置(ふんばり方)なども求められるが、将棋に関しては勝てばいい、ただそれだけである。ある意味、明確なのである。

椅子に座っての対局となるが、足をばたつかせようが、持ち駒で手遊びをしようが、相手に迷惑がかからない程度の動きであれば、極論、立ち振る舞いの美しさを現段階で求められることはない。(羽生さんは立ち振る舞いも美しいけど・・・)

のん太郎自身、別にピアノと将棋を比較しているわけではないし、もっと言うなら自分が落ち着きのないタイプであることの自覚もさして無い。

ただ、親の私から見ると頭だけフル回転させ勝負だけにこだわればいい将棋は、のん太郎に実はとても合っていた。頭をフル回転させている間は、喋ることもなく何手先を読めるか、ただそれだけに集中することができる。

床につかない足を少しフラフラと揺らそうが、ちょっと遠くをみて考え事をしようが、勝敗には無関係だ。のん太郎にとっては、その自由さがなんとも良いのかもしれない。本人はそこに気付いてはいないが、勝つことだけに集中できるのは良い意味でラクなのかもしれない。

将棋道場には、毎週毎週たくさんの生徒さんがやってくる。

見るからに頭の良さそうな子、落ち着きと賢さを備えた男子もたくさんいる。

静かに講師の話を聞くことができ、これからどんどん強くなる発展途上の男子もいる。

もちろんその一方で・・・・

立ったままじゃない将棋をさせないのか・・・立ったまま男子もいるし

ずーーとしゃべっていて、さすがにおしゃべりはご法度なので、よく注意されている男子もいる(笑)

色んなカラーの子たちがいて、見学しているだけで実におもしろい。

20分の講義のあと、残り70分間の対局だ。

見るからに賢そうな男子が、ずっと立ったままじゃないと将棋がうてないソワソワ系男子に完敗したり、のん太郎よりはるか上をいくうるさい系男子が実はこの将棋道場の一番の出世株だったりと、とにかく見ていて飽きない。

一方で、落ち着きと賢さを備え持った子は、やはり将棋の指し方も美しく、相手の一手をじっと待つことができ、素晴らしかった。期待を裏切らないその勝ち方に、心の中で『こういうタイプの子を育ててみたいな~…』と思ったり・・・(のん太郎、ゴメン笑)

のん太郎はのん太郎で、優等生タイプの超落ち着き男子と対戦。トヨタのこども店長を彷彿とさせる佇まいだ。落ち着き対決だったら完敗だったであろうのん太郎だが、将棋は接戦の末、のん太郎に軍配があがった。しかし、そのこども店長の『参りました』の仕草が美しく、手を前に揃え頭を下げるその姿に、あなたの勝ちだよ!と私は思わず喉まで出かかった。

落ち着いて欲しいとずっと思ってるし(切実)、落ち着いている子の方が育てやすいだろうし(きっと)、落ち着いている子の方が未来が明るいと思ってきた(なんとなくそんなイメージ)。

今でもそんな風に思っている節があるあること、自分でも自覚している。なんだろ?固定概念ってやつ?

頭ではそれはもう仕方がないと理解していても、それをのん太郎の個性と受け止められる時もあればそうじゃない時もある。

やっぱりのん太郎のソワソワぶりを見ると、どうにかならないもんかと思う時がしばしばあるし、一緒にいる私も隣でじっとしてくれないから、なんとなく私の気持ちも落ち着かない。

しかし、将棋道場でこんなこんなことがあった。

将棋道場の子供たちの対局を見学している間、その将棋道場の別のスタッフさんと立ち話しをしていた時のこと。その将棋道場、将棋以外に中学受験用の塾やピアノの指導、珠算に書道にプログラミング・・・

とにかく色んなカリキュラムがあって、将棋はその中のごくごく一つである。

そのスタッフの方はどうやら中学受験の塾の講師も兼任しているようで、将棋の時間以外は小学生に勉強を教えているようだ。たわいもない立ち話をしている最中も、おしゃべり男子君の声が響き渡る。

私は思わず、そのおしゃべり男子くんを見ながら

「落ち着きと将棋の強さとは比例しないものなんですね。」と言った。

そしたら、その塾の先生でもあるスタッフの方はあっさりと

「え?全然関係ないですよ!しかも、あいつメチャメチャ強いですからね!」

”あいつ”の言い方にとても愛情があって、良い先生だなと感じた。それに私が落ち着いていることと、将棋の強さを比べたことが不思議だったようだ。私みたいな凝り固まった固定概念がないこんな先生が、小学校の先生だったら嬉しいなと、そんなことを思った。

それにこんなことも話してくれた。

「将棋道場出身の子たちは頭の使い方を知っているので、勉強の理解が早いんですよ」

と、そんなアドバイスをくれた。ソワソワと強さが関係ないというそのスタッフの先生。つまり勉強もソワソワしていることと、その出来は関係ないらしい。ほんまか?私の幼い頃、勉強できる子たちは皆、席についてじーーと勉強しとったで?と、思う。

しかし、その一方で『なるほど~・・・』とも思う。頭の使い方か・・・。好きなことが、別の形で何かに繋がる時があるってことかな?それはとても素晴らしい。そんな”いつか”を来ることを願い辛抱強く見守るか。

考える力が自然と身につく将棋。やっぱり将棋を始めて良かった。

まだまだ私は、落ち着きという面を第一に求めてしまいがちだけど、そんな育児をしていたらいつか彼の個性を潰してしまう。

個性を潰さない育て方、難しいのよね。個性が強ければ強いほど、それはなおのこと。

この声かけ、この叱り方は正しいのか、子供の個性を潰していないか。

声掛け一つ悩むし、だからさ、今の声掛けが正しかったら”ピンポーン”とか鳴って、間違ってたら”ブッブー”とか鳴ってくれるシステムとかあったらいいのになぁって、そんなどうしょうもないこと思ったり・・・。

育児本に

『こどもの個性を伸ばす』とかあるけど・・・・

あれね、けっこう難しいんだぞ!と思う今日この頃です。

いつもありがとう。

美羽