ADHDの子供を育てるということ

長男の年長組の1日保育士体験を経て、突き付けられた現実と大きな差

ご訪問ありがとうございます。みゅうです。

昨日は、のん太郎のクラスで1日を通しママの1日保育士さんとして園児たちと過ごしてきました。

1日保育士体験とは、その名の通り保護者が1日保育士となって我が子のクラスへと入り、保育園の活動や我が子の様子を身をもって体験し、それを育児につなげていきましょうという保育園側の取り組みとなります。

0歳児から5歳児クラスまで全てのクラスで実施されており、夏にはパパが参加しました。基本的には各家庭1度の体験となるのですが、小学校入学を目前にし今ののん太郎の状況を見ておきたいと考え、担任の先生へお願いしのん太郎のクラスに1日お邪魔させてもらいました。

率直に・・・

想像していた以上に、のん太郎とクラスメイトとの生活面における”落ち着き”という面に対し、大きな大きな差を感じて帰ってきました。

のん太郎のクラスの女子は、もともと落ち着いているタイプ&いわゆる女子のようなもめごとがもともとあまり見られなく進級。小学校を目前とした今はもういつでも小学校になれるような子たちばかりでした。

先生たちからも他のクラスの保護者からも、このクラスの女の子たちは特別落ち着いていると言われていましたが、その通りに成長し私もその落ち着きと礼儀正しさに大変におどろき帰ってきました。

さて、男子。どうしても女子に比べると”落ち着き”という面では厳しい男子たちですが、それでも小学校に向けて成長してきているなと感じられる子たちが増え、その分のんたろうの遅れをまざまざと見せつけられる結果となりました。

朝、クラス全員がそろうと点呼の時間となりました。

自分の席に着席し、背筋をのばし手は膝の上、先生が自分の名前を読んだらビシッと手を挙げて返事をする。その練習を1年かけてやってきたのん太郎クラス。

ただこれだけのことなのに・・・のん太郎には難しいんだと痛感。

「ハイ!」と良い返事で背筋を伸ばして答える子もいれば、段々に姿勢が崩れていく子・・・様々でしたが、のん太郎は最初から最後まで背筋をビシッして席に座り、手を膝に上に置いて待つということが、とても難しいようでした。

少しの時間くらいなら、数分なら、できるのではと思っていましたが甘かった。

頑張っても努力しても”静止”ということが彼にとっては苦痛なんだろうなと、周りがそれをできていても”まずい、自分もやらなくては”という感覚が彼には乏しく、そこに意識付けができないままできた今、気付いた時には大きな”差”というものが生まれていました。

親として現実を突きつけられたようで、たとえそれを”個性”と思ったとしても、まわりとの違いにやはり親として辛いものがありました。

クラスとしても小学校に向けて、座って課題をする時間や姿勢を正し先生の話を聞く時間を多く設けているようで、のん太郎はそのほとんどを手は机の上にだらしなくのせ待ち、時にはほおずえをつき、いわゆる”ちゃんと”という次元からは程遠いところで生きていました。

私が保育士体験をしている間も、幾度となくのん太郎の姿勢を注意しましたがそれでも正すことはなく、お給食の時間も他の子たちは食べこぼしが少ない中、のん太郎の食べ方がひどく注意散漫という言葉がぴたりと当てはまり、小学校に入学後の生活が明らかに苦労するだろうなと・・・想像してはため息しかでず、比べるのはよくないのかもしれないが、明らかに悪目立ちしていたことは紛れもない事実であった。

のん太郎はのん太郎なりに落ち着いてきた面もあって、このままだったらなんとかなるかなと思っていた私は甘かったのか、まわりはもっともっとそれ以上に落ち着いていたんだなと・・・のん太郎と一緒にいると気付かないが、一歩こどもの社会の中にいるのん太郎をみるとその差は歴然だった。

その反面、提出すべき課題などは、作業時の姿勢はともかくものすごい集中力を見せる。しかし目的がない中での”待て”の姿勢はほぼできない。

これを担任の先生がどう評価してくれるかはわからないが、まずは態度からと言われてしまえば間違いなくのん太郎は厳しい状況におかれるだろう。

しかし、その一方でのん太郎の良いところもみえてきた。

男子が多いのん太郎クラス、そしてわんぱく男子や気の強い男子が多いため口喧嘩が多い。口喧嘩から発展し、どうしても手が出る喧嘩に発展することが多い。

しかしのん太郎は、どうやらそのいざこざに入ることは、もうほとんどなくなったようだった。先生もお友達との関係うんぬんより、のん太郎君自身の問題が多いと聞かされていたので、まさにその通りだった。

うん。単独事故タイプ、まさにそんな感じののん太郎。

それにお友達同士がもめていても、さほど気にならないようで、騒ぎが落ち着くまでただ待っているか、本を読みだすか・・・騒ぎが収まった頃にシレッと遊びに入るそんなタイプのようだ。

もちろん、仲裁に入る正義感もなく、周りが何かにすごく騒いでいても、そこに興味がなければ入らない。いわば自由人だ。

保育士体験中、のん太郎の隣の席の女の子が私に教えてくれた。

「のん太郎君、先生の話を聞いていなかったりしてよく先生に怒られるよ。他の男の子たちは、喧嘩して怒られるけど、のん太郎君は喧嘩では怒られないよ。けど、先生にはいっぱい怒られてるよ。」と。

だから、私は聞いてみた。

「のん太郎はお友達と喧嘩したりしないの?」

すると、席の隣の女の子は

「うん。お友達と喧嘩はみたことないよ。けど、先生には怒られてるよ!」

すごく良い情報とすごく悪い情報を一度に教えてくれた(笑)

最近ののん太郎、あれだけやられたら倍返しタイプだったのに、お友達との喧嘩が一気に減った。それは私も薄々気付いていたことだったけど、保育園でもそうだったようで、それは私の一つの安心材料となった。

あと、クラスで一番将棋が強いことも知った。ハマると一直線タイプは変わらず、今は将棋に夢中の彼。

最近、将棋が強くなってきたなとは思っていた。気付いたら将棋の本をずっと読んでいたり、私に対戦を挑んできたり、気を抜くと私も負けてしまいそうになったり・・・

昨日は、中学生の女の子が職業体験に来ていたんだけど、その女の子に将棋をしようと誘われたのん太郎、結果あっけなく中学生の女の子を打ち負かしてしまった。

その女の子に

「なんで5歳なのに、こんなに将棋が強いんですか?」

と、ちょうど私もクラスにいたので聞かれたが、そういえばなんでこんなに将棋が強いんだろうか・・・と私も疑問に思った。

将棋、たかがゲームかもしれないが、相手の裏を読んで何手も先を読み駒を進め気を抜けないいわばスポーツ的な頭脳ゲーム。

昨日もクラスでのん太郎を囲み、みなで将棋のあの手この手を考えている光景を見れて、成長を感じはしたけれども、それよりも将棋をやっている時は集中できるのになんで・・・と思わずにはいられず、こういった私の思考が育児をダメにするんだろうとは容易にわかるけれど、複雑な気持ちにきっとこれからもなるのだと私は思う。

そんな時、まだまだ私は長男に”普通”を求めているんだろうなと、そんな自分の感情にも気付かされる。なんだかんだいたって普通がいいじゃないかって。個性ってなんだよって。

発達の凹凸を”個性”というけれど、我が子のそれを”個性”として思うことは容易なことではなく、頭ではわかっていても、昨日の私の心はとても疲れてしまっていた。

個性と思える日もあれば思えない日もある。その繰り返しの中で生きている。

これから先、のん太郎のそれを”個性”と心から言えるのは、のん太郎自身がそれを”個性”と言えた時ではないのだろうか。だって、のん太郎は自分が人と少し違うことに、まだ気付いていない。

のん太郎は小学校へ行ったら、周りと同じように”ちゃんと”やれない自分に苦しむのではないかと危惧される。

親として子を”個性”と受け止めようとする気持ちとは裏腹に、”普通”への希望、それを私はまだまだ捨てきれてなんかいなかった。

いつもありがとう。

美羽