ADHDの子供を育てるということ

母の『待って!』が届かない長男(5歳)一人で登園し保育園は大騒ぎ

ご訪問ありがとうございます。みゅうです。

昨日のことではありますが

朝の登園時から、のん太郎さんやらかしました。タイトルにある通りです。

のん太郎の通う保育園は自宅マンションからのん太郎の足で2、3分程度の場所に位置します。昨日の朝も、いつも通り自宅玄関を出てエレベーターで下まで降りたものの…

その瞬間のん太郎は一気に走り出しました。急いで向かった先はもちろん保育園。

保育園までの道のりは自宅玄関からエレベーターに乗り下に降り、そのまま外に出ると住んでいるマンションが保有する広場へとつながり、その広場をぬけた先に保育園が見えてくるといった具合で、この安全さと近さで私はだいぶ助けられてきました。

しーーかーーーし、のん太郎自身たとえ通い慣れた保育園といっても一人で登園なんて絶対に許されません。

のん太郎に『待ちなさい!!』と怒るも振り返ることなく先へ行くのん太郎。

のん子の手をひきながら、私は思います。さすがに一人で保育園の扉を開けたりしないよね?途中いくつかある目印となる電柱の下や保育園のドアの手前で待っててくれるよね?と、淡い期待を抱きます。

もう年長さんだし、最近ちょっとはお兄さんになった気がする。きっと・・・きっと大丈夫だよね、のん太郎?と念じながら、のん子とともに駆け足で後を追いかけます。

しかし、途中の目印となる電柱にもいなければ、広場にものん太郎の姿はなく・・・・その広場を抜けた先に見えた保育園の外で待っていたのはのん太郎ではなく・・・・

先生・・・・

いや、先生たちでした・・・・・。

園長先生、副園長先生、用務の先生・・・・・

あぁぁ・・・私を探してる。一瞬で大事になっていると悟ります。

はい、私が甘かったです。朝の忙しい時間帯に多大なる迷惑をかけてしまいました。

止まることなく駆け足で保育園へ到着したであろうのん太郎、躊躇することなく保育園のドアを開けたのだと思われ、靴のまま玄関先で待たされていました。

園児が一人で来てしまった!と、おそらく保育園側は思ったのでしょう(概ね事実)。朝から平謝りの私でした。同時刻の朝の送迎の他のママさんたちも、何かあったの?的な感じで気にしておられ、保育園を騒つかさせてしまいました。

この日、のん太郎が急いで保育園へ行きたいのには訳がありました。

のん太郎は前夜からずっと

「明日保育園へ行ったらすぐにラキューをやりたい!恐竜つくる!」

と、意気込んでおりました。

ラキューとはいくつかのブロックを集め組み立て、立体的な作品を作れる玩具です。

のん太郎は、これをやりたくてやりたくて仕方がなかった。

朝の9時登園ののん太郎ですが、起床とともにソワソワ・・・・。「保育園はまだ行っちゃだめなの?」の連呼です。

時間の感覚が曖昧なのん太郎は、自分の行動をしっかりとそして早く終わらせられれば、少しでも早く保育園へ行けると思ったのでしょう。彼の朝の行動は昨今、稀に見る素晴らしさでした(汗)

朝起きて一番にピアノの前に座ります。なんなら、私はのん太郎のピアノの音色で目が覚めました。(24時間、防音完備してます)

朝の一連のピアノの練習をして、なんならいつもより真面目に練習なんかしちゃったりして、そしてピアノの練習後もすぐに食卓へ座ります。

”肘をつかない!””姿勢が悪いですよ!”なんてルーチンの私からの注意を受けることもなく食事をすませます。その後も着替えに保育園の準備をと全て完璧にこなし、洗濯物は洗濯機へ入れるところまでできました。のん太郎としては最上級の頑張りです。

しかし、気持ちが先走りすぎた。

やっと保育園へ行ける時間になったことを知らせると、エレベーターまで駆け足。ここまでは待っててくれたんですが、エレベーターを降りた瞬間、一瞬のうちでいなくなり保育園へ向かっていったのでした。

こうなると、のん子を連れてでは私の駆け足で追いつくことは難しく、そして私の「待ちなさい!」の声も届きません。私も頑張って保育園へ辿りついたものの、先に見えてきたのはのん太郎ではなく、私を探す先生方となりました。そして、大ごとになっていたという顛末です。

靴を履いたまま待つのん太郎に園長先生が話をしてくれました。

「のん太郎君、なんで一人で保育園へ来ちゃいけないかわかる?」と。バツの悪そうな顔しているのん太郎、園長先生は保育園は親とともに登園する場所であること、1人で登園した場合は中に入れることはできないこと、登園中のん太郎が安全だと思っている道でも危険がいっぱいあること、時間を割いて話をしてくれました。

園長先生から厳しく注意を受けるのん太郎ですが、私はのん太郎の今の一番の気持ちが”反省”よりも”ラキューがやりたい”という気持ちが勝っているように思え、園長先生からのお叱りが終わってすぐに自分のクラスへ入ろうとするのん太郎の腕をつかみ

「今日はラキュー禁止ね。」

と、告げます。

今すぐにでも泣きだしそうな顔をするのん太郎。園長先生から話をされている時には見せなかった涙。のん太郎のこの様子を見る限りどこまで園長の話が響いていたのか・・・だいぶ怪しい。

園長先生が表立って園児を叱るってよっぽどなんだけどな・・・・・。

そして、その後担任の先生と私、のん太郎の3人で改めて話をします。

私としては、今回たまたま向かった先が保育園だっただけで、気になったことがあったら私の制止を待たず向かってしまうところがあり、何度も何度もその行動に関しては注意してきている。そのことをのん太郎に伝えます。

のん太郎のいけないところは、今回これがいけなかったとその場ではわかったとしても、次にまた同じことをしてしまうこと。

先生たちは、のん太郎が保育園へ一人で来てしまったことに驚いていたけれど、私としては実生活の延長上といった感じで何度も何度も言い聞かせてきたことだった。

行動に罰を与えることが良いことかはわからないし、朝ののん太郎の頑張りを知っていたけれども、改めて先生に

「今日は1日、のん太郎にラキューで遊ばせるのは無しにして頂きたいのですが」

と、お願いをする。

のん太郎は涙をこらえる。

だからのん太郎に伝える。

「ママだってわかってるよ。ラキューがやりたくて頑張った朝ののん太郎の行動。お支度にお着替え、そして食事の態度も良かったよ。けどね、マンションを出たあとの行動がいけなかったよ。ママの「待って!」の声、聞こえなかったでしょう?あれは本当によくなかったよ。」

と、話します。

下をむくのん太郎。

のん太郎としては、朝一番でピアノの練習をママに言われなくても頑張った。朝ごはんもお着替えもお支度も全部ひとりでやって、ママに注意されることなかったのに・・・すごく頑張ったのに・・・という気持ちがその下を向く表情から見て取れる。

それでも私はやっぱり反省という態度だけで、してしまったその行動を許してしまうと、結果的に反省という態度さえとれば、たとえいけないことをしたとしても、自分の望みが手に入ると思って欲しくなく、だからこそやっぱりラキューで遊ぶことの許可を出せなかった。

今回、それがたまたまラキューだっただけの事、であると私は思っている。

その後朝からの騒動の謝罪を改めてしたのち、朝の先生たちのミーティングではのん太郎の話が上がっているんだろうな・・・と思いながら保育園をあとにした。

なんでしょう・・・。一難去ってまた一難というより、五難去ってまた十難といった我が家です。小学校へ行ったらこの手厚い保育園生活を卒業したら、もうこの先どうなるのよ!!!と、まだまだ大きな不安があるけれども、一つ一つ話し合って乗り越えていくしかないですね。

あぁぁ~~~試練の連続。

そんな翌日、今日は昨日やれなかったラキューがやりたいと言うのん太郎。

昨日の朝の行動と全く同じ行動をします。

今日はひとつひとつ報告付きです。

「もうぼくは、着替えたからパジャマじゃないよ。パジャマは洗濯機だよ。」

「もうぼくは、もうピアノの練習終わったよ。」

「もうぼくは、いつでも保育園行けるよ。」

もう、もう、もう・・・やたら”もう”が付きます。そして出発の時・・・

「もう僕は一人で保育園へ行かないよ。」

当たり前のことをたいそうなドヤ顔で言ってのけます。

そして保育園到着。

「今日は、ママと来ました!ひとりできてません!」

と、報告。先生の「偉かったね!」の言葉を、私の「当たり前じゃーー!!!」の言葉でかき消してしまいましたが、のん太郎は早々と朝のお支度を終えラキューのできる部屋へとルンルンで向かっていきました。

保育園へひとりで行ってはいけないのは、危ないからではなく、ラキューができないからと認識している感は否めませんが、根気よく根気よく日々訪れるこの試練を乗り越えていかないとなりませんね。

いつもありがとう。

美羽